久留米産地
伝統文化芸術とハイテクが融合した町。
筑後川の中流に広がる城下町、久留米市。
四季折々の美しい花々に彩られ、青木繁や坂本繁二郎など、数多くの芸術家を輩出した文化の香が漂います。
筑後川(筑紫次郎)より久留米城と市内を望む。

絣といえば久留米、綿織物の王座、絣の宝庫。

『井上伝』この名をご存知ですか?久留米絣のルーツなのです。江戸時代末期米屋の娘として成長した伝は、12,3歳のころからすでに一人前の織手として縞柄の意匠や染色にもすぐれ、製品による収入は一家の生計を支えたと言います。この頃、藍染めの一部分に白い斑点ができているのを見つけました。その布を解きほぐして糸を調べ、無地、縞以外の柄作りを思いつきました。その後「加寿利」と銘打って市場に出された新柄は、たちまちにして‘霰織’‘霜降織’とよばれ世間の人々の評判になりました。大評判だった「お伝加寿利」にも、実は問題がありました。それは柄の種類が少なく、一律で変化に乏しいことでした。悩んだすえ近所に住む15歳の発明少年(『田中久重』というより“からくり儀右衛門”の方が有名で、現在の東芝の前身田中製作所を作りあげた人)に相談。天才少年久重は、容易に絵模様を織り出す機械を考案、お伝加寿利の柄が多様化し、さらなる評判を得てお伝の名が藩内に広がり、数名の弟子を抱えるにいたり、そして40歳の頃には、400余名の婦女子が指導をうけて、機業としての絣織はついに久留米を中心とする南筑後地方の一大産業になりました。

久留米絣、織で表現 坂田織物所蔵。
     井 上 伝
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