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祖父山下喜次郎、久留米絣の有望な事に着眼、明治25年創業。沈着冷静、先見の明あり久留米絣の拡大と共に発展、信望厚く若くして、広川村会議員となり大正13年村長に就任。その間、久留米絣同業組合の発展に貢献、その後工業組合を設立。また織貫動力織機を発明し特許権を取得、自ら巨万の富を投じ織貫工場を経営、織効率を高め工賃の低下をはかり、八女郡一帯の織物業の発展に寄与しました。 私は、昭和38年八女工業高校卒、家業の久留米絣製造に従事。高品質の絣造りをめざすと共に、小柄(織締絣)を活かした新しい絣の製作にも研究、努力を重ねています。 |
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◆括り絣技法絣織りの技法の一種で、絣を織る糸の束をデザインを基に、部分的に麻、綿糸などでくくって防染して染めあげ、これを織って絣模様をあらわ したものをいう。手括り、織締、機械括りに別けられる。 |
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手括り括る糸は粗苧(あらそう)という麻の一種で1.5m〜1.8m位の植物の表皮である。右画像のように束ねた糸にデザインに基ずいて墨付けした部分を、糸と直角にそして一重に、しかも染色するときに解けないように固く括り、解くときに解きやすいように括る。括り技術の巧拙は、でき上がりに影響するので熟練を要する。 |
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織締この方法は括るかわりに織って絣糸を作るもので「織絣」ともいわれ、特徴は極めて小さな絣を正確に、大量に、しかも早く作る事ができ、1mm程度の絣糸も作ることができる。 |
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機械括り小柄絣は織締の技法開発によって一応量産化への方向へ進んできたが、中、大柄絣は長い間手括りのみにたよってきた。これを改善するため国分金太郎の努力と研究によって、明治42年捲纏(けんでん)式絣糸製造機が発明された。この機械は糸を巻く時、括り部分の長さ、間隔の変化を自由にすることができる機能を持っているのが特徴で、操作は足踏みによって括糸が回転し、同時に幾筋も括ることができる。 久留米絣技術保存会編集「久留米絣」より |
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